市の紹介

2020. május 01. 10:53 péntek

ドナウベンドの首都であるエステルゴムは、その歴史からハンガリーにある都市の中で神聖な土地としての性質が際立っています。ドナウ川とピリシュ山脈の間に挟まれた人口3万人の都市はブダペストから車、または電車でわずか1時間の距離にあり、スロバキアのシュテゥロボ市の向かいにあります。 その豊かな歴史と自然の恵みにより、毎年多くの観光客が訪れます。

エステルゴムにはハンガリーで最も古くから人が住んでいた集落の一つがあり、今日でも様々な時代の遺跡が見られます。その基盤は通常、ゲーザ大公の統治時代に関連付けられていますが、エステルゴムの歴史はさらにさかのぼることも出来ます。

古代には、この地域にケルト人、ローマ人、フン族、ゲルマン人、アヴァール人も住んでいました。ハンガリー人は到来後この地を征服し、エステルゴムは政治の中心となり、ハンガリー王国の最初の都となりました。 これらの時代の多くの遺産は複数の博物館で展示されており、王宮や大司教宮殿などの中世時代の建物が現存しています。また書類館や図書館などに歴史的に重要な書物も保管されています。

エステルゴム市の名称は、新古典主義様式で建てられた大聖堂と結ばれることが多いです。 高さ50メートルの王宮の丘に建つ国内最大の教会、エステルゴム大聖堂は、ハンガリーの最も高い建物です。街のどこからでも見える、街の景観の重要な一部である大聖堂。19世紀に修復された現在の大聖堂には、中世の時代にここに建っていた聖アダルベルト大聖堂の一部が残されています。大聖堂の中にある、バコーツ・タマーシュ大司教の墓として建てられた礼拝堂は、今日では国内で唯一現存するルネッサンス様式の建物で、副礼拝堂として訪れることができます。古代エジプト風の地下の床には、大聖堂建築を命じた四人の主教の心臓が埋められ、記念碑的な建築物を守っています。

大聖堂の宝物庫には、典礼品や類のない美しさの芸術的遺物が展示されており、中には、華やかなゴシック様式の聖杯、シュキ聖杯や、国内最大の宝石国宝とされているマティアスカルバリーが含まれます。

大聖堂の階段を上りきると、ドームからは、四つの先住民の集落から形成され19世紀後半に生まれた現在の都市を見渡すことが出来ます。

北に見えるのは、かつてドナウ川沿いの農村だったセントジョージメズー、ここは現在でも田舎の雰囲気が漂う町並みが残り、伝統やアイデンティティーを今でも保持しています。隣接する丘に目を向けましょう。ここはトマス・ベケットから名前を継承したセントタマーシュ村。曲がりくねった小さな通りや、特徴的なカルバリーとチャペルが目を引きます。

西側の方向を見ますと、ドナウ川と王宮の丘の間に「大司教の水の街」があります。ここにあるネオルネッサンス様式の主教宮殿には、国内最大の宗教画コレクションが収められています。

さほど遠くないところに、元オスマン帝国の復元されたモスクがあります。このモスクはドナウ川沿いに復元されたトルコから最も遠いモスクであり、現在は博物館として機能しています。

街の四つ目の部分は、かつての城下町。つまり歴史的な意味でいうエステルゴムです。中世の時代に市場だったバロック様式のセーチェニ広場にはカフェやレストランが並んでいます。中央広場の最も特徴的な建物は現在の市庁舎、約300年前から市庁舎として使われているこの建物、以前はハプスブルク家に対峙した大将ボッチャーン・ヤーノシュの邸宅でした。

エステルゴムはハンガリーの温泉文化発祥の地でもあり、アールパード時代(1000年~1301年)に、初の公衆浴場がここに造られたとされています。地域初の屋内スイミングプールもここにあります。エステルゴムケルトヴァーロシュには閉鎖した鉱山に水を流し込むことで形成されたパラティヌス湖があります。

ピリシュ森とドボゴクーの間に隠れるピリシュセントレーレクは、1985年に街の一部となりました。 元の村の北にある修道院の遺跡は、ハンガリーで設立された唯一の男性修道院、パーロシュ院の歴史を語っています。

ここに来る観光客は、ハンガリーの歴史を発見したり、街を取り巻く山並みや川沿いでリラックスすることができるだけでなく、聖イシュトヴァーン一世の街がなぜ多くの作家、詩人、写真家や芸術家にインスピレーションを与えてきたかを感じることもできるでしょう。